おまけ

 地元の町の近くに南アルプスの登山道入り口がある。

 

 いい所だ。

 

 芦安村だ。

 

 ある有名小説家のデビュー作の舞台だったところだ。

 

 山や丘がうねっていて、間にちょとした市街地がある。

 

 観光地だが、知名度がそれほどでもなく、過疎である。

 

 穴場だと思う。

 

 初夏の頃だ。

 

 梅雨が明けて、日差しが強くなりだしていた。

 

 緑と濃い緑が混じり合う。

 

 いよいよ山々が青くなりだしていた。

 

 無数の葉が、太陽に照らし出され、反射している。

 

 ゆっくりと風にたゆむ。

 

 僕は、友人たちとは別に、小高い丘を登っていたのだが、ふと振り返る。

 

 山独特の空気に爽やかさを感じる。

 

 すると、・・・眼前の青い山や眼下の市街地を背景に無数のキラキラした線が当たり一面に見えたのだ。

 

 ?

 

 一瞬お天気雨がまばらに太陽光で光っているようにも見える。

 

 でも、違う。

 

 通り雨じゃない。

 

 幻想的な・・・不思議な光景だった。

 

 昼近く、斜め上からの太陽光線にきらきらきらきら。

 

 見たことがない。

 

 きれいだった。

 

 そのキラキラした無数の糸は、風に乗って、ゆっくりゆっくりと全体が右から左へ一定方向に流れていく。

 

 壮観だった。

 

 しかし、意味がわからない。何なんだったんだろう。

 

 近くに流れてきたキラキラ光る糸を凝視する。

 

 しばらく呆気にとられていると、だんだん理解できるようになってきた。

 

 クモだ。

 

 雲?

 

 いや蜘蛛。

 

 驚くなかれ、無数のちっちゃいクモがお尻の糸を風に乗せて、落下傘のようにあたり一面を飛んでいたのだ。

 

 風に乗ってふわふわふわふわ。

 

 クモってこうやって移動するのか。

 

 ・・・。

 

 あとで、友人たちに話したが、反応がいま一つだった。

 

 ロマンチックな光景だとおもうが、そう思ったのは僕一人。

 

 クモが空飛ぶなんて・・・気持ち悪い。

 

 冷静に考えれば・・・そりゃそうだ。

 

 光の加減で、非常に荘厳にみえたのだが・・・。

 

 あれ以来話題になったことがない。

 

 クイズとかになってもいいのに・・・。

 

 なかなかないいい経験だと思ったんだけど、自分ひとりの感動ではもったいないので、話すことにした。

 

 

 

クモの話の前後、当時、役所に勤めていた。

 

 クモの話の近くの別山の峰でのことだ。

 

 数ヶ月に一度水道水の水質検査にいっていた。

 

 その部落が湧き水由来の水道を独自で所有していて、健康増進課の僕が水質管理を担当する管轄地域の一つだったのだ。

 

 日差しの強い日だった。

 

 過疎で家もまばら。

 

 しかし細い道でも舗装はしてあるこぎれいな田舎だ。

 

 簡易水道施設の近くに車を止め、さあ、上り坂を少し歩いて現場に行くか、というところだった。

 

 歩きながら、何気に顔を上げると馬糞?が道路わきにしてある。

 

 ドドドッ・・・ていう感じの佇まい。

 

 何だよ、汚いな、最初はそう思った。

 

 馬や牛はいないが、いてもおかしくはないような田舎。

 

 しかしでかい。

 

 なにかの糞か?

 

 確かめて、覗き込む。

 

 動いた。

 

 凝視する。

 

 殺気。

 

 生きている?

 

 とっさに飛びのく。

 

 本当に殺気がするのだ。

 

 ギャっと言葉にならないような、声を上げて、数メートル退く。

 

 何だと思った。

 

 馬糞だと思ったものは、・・・マムシだったのだ。

 

 マムシは一度も見たことがなかったが、いっぺんで普通じゃない蛇だとわかった。

 

 マ、マムシ!?

 

 蛇は見たことがある。道路わきで車に引かれたやつとか。

 

 蛇に似ているが、マムシは神々しいのだ。格が違うのだ。

 

 たとえて言うならば、普通の蛇じゃないよ、マムシですよっていうわかりやすい感じ。

 

 アゴも絶対に毒持ってます、って言うようなしっかりえらをはった顎。

 

 太い筋肉質のからだ。つやつやのうなぎのような色の皮膚。

 

 絶対危ない雰囲気満載。

 

 鎌首をもたげ、僕が左に行けば左を向く。右に行けば右を向く。

 

 双方が言葉にならない対話をしている。

 

 心臓がどきどきする。

 

 普通の蛇は見つかったら逃げるが、こいつはぜんぜん逃げるそぶりがない。

 

 自信に満ちている。

 

 僕の方が負けた。

 

 その対話の間1分あったかないか。

 

 僕は、ゆっくり後ずさりして、ウワーっと叫びながら逃げ帰った。

 

 今となっては、その後仕事をどうしたのか覚えていない。

 

 後で知ったが、マムシは攻撃するとき数メートル程ジャンプするらしい。

 

 何も知らないって怖い。

 

 2.3メートルの範囲での出来事だった。

 

 何もなくてよかった。

 

 あんな誰もいない坂道でかまれたら誰も気づいてくれないだろう。

 

 こわ。


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